ウダイプール3日目


午前中、宿泊施設内でクリーニングのサービスを頼んだ後、
ウダイプールの見どころのひとつ、「シティ・パレス」へ。
16世紀から続く王家の人々が現在も生活している王宮の一部が
展示品などと共に一般公開されている。

入場料250ルピー。
入り口で現地人の公式ガイドをお願いした。100ルピー。



王宮内に設けられた空中庭園



戦争の際に、馬を象のように見立てる目的で
象のお面をつけさせたそう。なぜ!



ベネチアングラスを用いた装飾品やら
英国製のタイルを貼った壁面など
海外の製品を積極的に取り入れているのが面白い。
でも鏡と色ガラスのモザイク張りの小部屋など
ちょっと落ち着けなそうな雰囲気。



宮廷中庭の広場で演奏していた音楽家
右の打楽器を叩いているのは、私のガイド。飛び入り参加。



笑っているライオンの壁の模様。


説明を聞きながら2時間弱かけて見て回った。


見終わって宿に戻る途中、小さなお店で
日本人旅行者の女の子に声を掛けられた。
私が日本語のガイドブックを手に持っていたので
それで日本人だとわかり声を掛けたんだそう。


一旦部屋に戻って、また出掛け、
先日から目をつけていた服屋で
スカートのようなパンツのようなのを購入。
そのまま、昨日取り置きしてもらっていた雑貨屋に寄り、
オートを拾って城壁の外へ。
私が徒歩で徘徊していた辺りを含む一帯は
湖畔に建てられた王宮を中心に
長辺で2〜3㎞の昔のままの城壁で今でも囲まれている。
私はそれを知ってるだけで
不思議な安堵感を覚えるんであった。


オートでバススタンドに行き、次の目的地、
ジョドプール行きの発車時刻を聞いた。
15分後の15時発の後は、22時。これに決定。
またオートを拾い、王国にふさわしい「バラ園」というのを
外からちらっとだけ見て、また根城へ戻ることにした。
なぜか途中から同乗していたおっさんが
「バラ園」には何も見るものないぞ、と助言してくれ、
その「バラ園」で降りて行った。
たしかにガイドブックには情報が載ってないし、
門や壁越しに見た園内も、植物園とかというよりは
かなり広い公園といった感じで
家族連れなどがお散歩しているようだった。


オートから降りようとしたら、
若者ドライバーが「シルプ・グラム」というところへ
連れて行こうか、と言う。
ドライバーの知り合いか他人かわからぬおっさんが近づいてきて、
車に手をついて中を覗き込みながら、
おっさん「(ドライバーに)どうしたんだ?」
若者ドライバー「シルプ・グラムっていいとこだよな?」
おっさん「シルプ・グラム?ああ、いいとこだ。」
若者ドライバー「(私に)どうする?連れて行こうか?見たほうがいいよ。」
おっさん「シルプ・グラム、いいとこだぞ。」
そんな感じで、聞いたこともない場所だったけど
私も暇だったんで行ってみようかという気になった。
値段交渉して150ルピーで行くことに。
途中、ウダイプールの魅力の人口湖のひとつ、
「ファテ・サーガル」のぐるりを走り、
なかなか気持ちよかった。
さっきまでいた賑やかな場所からどんどん遠ざかり、
あっという間に辺鄙なところに入り込み、
乾燥した小さな動物園のようなところで降ろされ、
よくわからないけど20ルピーのチケットを買って中に入ると、
新たに作られたらしい民芸品販売促進コンプレックスのような
ところだった。
観光客が少ないのもあって、閑古鳥が鳴いていた。
多くの店は閉まっていた。
やっぱりガイドブックに載っていないところは
行かないほうがいいと思った。


もう100ルピー払えば「モンスーン・パレス」という
小高い岩山の上に作られた王宮に連れて行くと提案されたけど、
さっき会った日本人の子が、
「モンスーン・パレスから夕焼けがきれいに見えた」と言っていたのを思い出し、
まだまだ太陽が高く、陽射しが厳しかったので行かないことにした。


宿に戻って、今晩宿を出ることを告げ、今朝出したクリーニングの
確認をしてもらった。
その後、午前中、シティパレスの敷地内の土産物屋で
一目惚れして前金だけ払って帰ったベッドカバー、
ちょっと迷ったけどキャンセル、
お腹空いたので3度目の挑戦、ムスリム街の料理屋を目指して
てくてく歩いていると、店の男の子と話し込んでしまい、
お腹もあまり空いてなかったので
ムスリム料理は諦めることに。
その後、また「ファテ・サーガル」のほうへ行き、
湖面にきらめく街の明かりを見た。
小高い岩山がいくつかあって、
そのてっぺんに建てられた寺院や離宮の明かり、
夜は夜でまた素敵なウダイプール。


20時くらいに部屋に戻り、クリーニングの服を受け取り、
荷物をまとめて21時前、宿を出てオートを拾い、
昼間行った中長距離バスターミナルへ。
軽食を食べた。
22時、ほぼ定刻通り、次の目的地ジョドプール行きのバスは発車した。

ウダイプール2日目

なかなか建物および部屋がきれいで、少し高そうな感じな割に
宿泊料が安めだなと思ったら、部屋自体は2階なのだけど、
ここらの地形が起伏が大きいため、窓の外は1階、
つまり道路(といっても小路地)にダイレクトに面しているのだった。
昨晩、なんとなくそうかなと薄々は気づいていたけど。


朝、窓の外で男の子たちがクリケットか球蹴りしてる声で
目が覚めた。手押し車の物売りも、何度か窓の外を通って行った。
それでも2度寝、3度寝を繰り返し、ようやく起床、
まずブログ日記の更新に勤しむ。


身支度を整えて外出。
ウダイプールの美しさを何よりも演出しているのが
ピチョラー湖やファテー・サーガルといった
その昔、王が作らせた直径が数キロ単位の大きな湖。
そのピチョラー湖のラールガートが、
宿を出てすぐのところにあった。
“ガート”とは、インド人の生活と深く結びついた
沐浴したりできる階段状の岸辺のことで、
川沿い(特に聖なる川など)によく作られている。


そのラールガートからまっすぐに、レイクパレスという
タージ系列の高級ホテルが
湖に浮かぶように建っているのが見えた。水上パレス。
最初見たとき迷わず宮殿かと思ったほど超豪華な佇まい。
手元のガイドブックでは、シングルで1泊350ドル。
私の宿なら2ヶ月以上滞在できる値段。
あの中で何が行われてるんだろうか。
生演奏だろうか。高級スパだろうか。高級料理だろうか。
豪華なクリスタルのシャンデリアだろうか。
全部あるんだろうか。遠くからぼんやり眺める自分。


向きを変えて、近くのウダイプール最大の
ヒンドゥー寺院であるジャグディシュ寺院へ。
聳え立つ寺院の尖塔は遠くからでも建物の影から
見え隠れしていたけど、近くであらためて見ると
壁面に隙間なく彫られた数多の彫刻にしばし気を取られた。
ポーズを決めているのは神だろうか、それがびっしり、
行列をなした象がまたびっしり。
今日はヒンドゥーの暦でエカーダシーと呼ばれる日で
そのため本殿内では女性ばかりが賛歌を歌っていた。


しばらく寺院で賛歌に耳を傾け、寺院を出て
ぶらぶら参道を歩むと、ピチョラー湖に面して立つ、
かつて数世紀にわたって王家の人々が暮らしていた宮殿で、
今では博物館として一般に公開されているシティ・パレスの
入場口に辿り着いた。
でもカメラも何も持って出なかったので、
また明日にでも出直すことに。


また適当にぐるりと歩いた。土地の隆起が激しいので
ゆるやかな坂道もあれば結構急な階段もある。
ところどころで、自由気ままに食べ物を求めて散歩を続ける牛と、
飼い主に連れられた小柄なロバに出会う。


ガイドブックによれば、すこし先にムスリムの居住区があって
そこでムスリム料理のレストランがあるらしかったので
そこに向かって歩いたけど、観光地化されていないため
目立った看板もなく、昼間なのに薄暗くて怖かったので
こちらもまた出直すことにした。


それにしても、街のどこを歩いても、数メートルおきに
“Korea!Korea!”と声を掛けられる。
韓国人旅行者がよく来るのだろう。
ごく稀に“Japan!”と言う人もいるけど、
私はこのインドの観光地でならどこでもある、
人を国名で呼ぶのがいまだに肌に馴染まない。
しかも間違ってても何でも、当てずっぽうで言ってくる。
日本人の感覚では結構失礼だと思うんだけど、
国際的にはそうでもないのか。
今度外国人に聞いてみたいと思う。
失礼というか、それ以前に十分鬱陶しい。


そういえば、昨日アハメダバードで出会った
欧米人の1人バックパッカーの女の子は、
道を歩いているだけでオートのドライバーが
「どこに行きたいんだ?」とひっきりなしに声を掛けてくるから、
「どこにも行きたくないわよ!」って私怒ったわ、と言っていた。
私は鬱陶しいと感じても、彼ら相手に怒ろうという気になれない。


外で軽食を適当に食べ、部屋に戻って昼寝。
相変わらず部屋の中はひんやりしていて
ファンを回し過ぎると寒気がするほど。
大理石パワー、素晴らしい。
ワルダーも大理石敷きならよかったのに。


夕刻になってまた外出。
今度こそ、あのムスリム街に入っていくのだ。
途中でバッグをメインに置くお店に立ち寄った。
表に下げられている物のほか、リクエストすれば
どんどん出るわ出るわ、袋に入った在庫たち。
皮製の薄っぺらなバッグと、ミラーワークのある布製のを購入。
帰ろうとしたら、ショーケースの中のリストバンドに
目が釘付け。かわい過ぎ。ベルトと合わせて4本購入。
ラジャスタンの何が素敵って、
小物がほんとに特徴的で、デザインが豊富で凝っていて、
日本で見るインド雑貨は、ラジャスタン製のものが
じつはとても多いことに気づかされる。
あーずっと憧れていたラジャスタンには
やっぱりかわいい小物がたくさんあったんであった。


そして、結局ムスリム街ではレストランに辿り着けず、
お腹に相談するとそれほどお腹も空いてないようなので
ムスリム街の屋台で揚げたてのスナックを買い求め、
部屋に戻った。


最近食べた袋入りのスナック菓子で
<ラジャスタン風グリーンチャットニー味>というのがあったのだけど、
屋台で買った揚げ物が見事にそれと同じ味だった。
グリーンチリにレモンの酸味がプラス。
その州、その州味わいが異なるのも旅の醍醐味。
ちなみにこのスナック菓子はほかに
<ハイデラバード風トマト味>というのもあった。


夜になって花火の音、4階建ての宿の屋上まで駆け上がると、
湖のほうで花火が上がっていて、しばし見とれた。
あーでも、日本のあの技術レベルの高い花火とどうしても比較してしまう。
日本の花火の、あのまん丸で密度の高いきらきらは
インドでは見ることができない。


砂漠の国ラジャスタン。
その中の、人口湖のオアシスといくつもの真っ白い宮殿のある、
かつて王国だった、城壁で囲まれた街、ウダイプール。
両脇にびっしりと店が立ち並んだ無秩序な小路地がごちゃごちゃとしていているところが
ちょっと雰囲気がヴァラナシに似ていると思う。
人々が喋っているのがヒンディー語なのもうれしい。
なかなか気に入った。

ウダイプール到着

夜8時過ぎ、ウダイプール(ラジャスタン州)のバスターミナル
に到着。
ここの街は、アハメダバードのあるグジャラート州
ラジャスタン州の州境にあり、
ラジャスタンの代表的な街のひとつで、
大きな湖とその岸辺に佇む、かつてこの王国を統治していた王の
王宮(パレス)が見どころ。


その王宮周辺のすっかり観光地化した地域までオートリクシャで
移動し、いくつかロッジを見せてもらって宿決定。
中央部吹き抜け、部屋およびバスルームの床は大理石敷きという
ほかの観光地の安ロッジでは見られなかった造り。
そのせいか、入った途端に外気の暑さを忘れさせる、
ひんやりとした空気を感じた。快適。
ラジャスタンの底力を感じる…。

アハメダバード

アハメダバードに朝到着。
駅のクロークルームに荷物を預け、早速観光。
この街はかつてイスラム勢力の支配下にあったため、
市内にイスラム風の古い建造物がいくつも残っている。
それらをオートリクシャやバスでざっと見て回った。


ここで有名な階段井戸は、井戸水が湛えられた地下まで
石の階段が続いていて、列柱で支えられた支柱と
吹き抜けの空間によって微妙な陰影が織り成され、
壁面には彫刻の細工も見られ、とても神秘的で芸術的な建築。
外の乾いて暑い空気とは対照的に、下に下りるほど
ひんやり涼やかでしんと静まり返っていた。


それから旧市街地にある<サーバルマティ・アシュラム>という
マハトマ・ガンディーがかつて拠点としていたアシュラム、
現在では記念館のようになっているのだけども、そこを見学。
そのほか、グジャラート特産品のキャラコ(平織り綿、インド更紗)の
博物館を見に行きたかったのだけども、水曜はあいにくの休館日。
いつかまた機会があったら見に来たい。


バスや街中で見た、アハメダバードの女性たちの着ていたサリーは、
私から見て概して他の街よりも趣味がいいように映った。
色がとにかくきれいでセンスがいい。
若い子たちは洋装やパンジャビードレスが多かったけど、
でもとってもおしゃれな子たちが多いと感じた。
都会の学生風の子が多かった。


その後、中長距離バスターミナルへ行き、
いよいよラジャスタン州ウダイプールへ向け出発。
アハメダバードからウダイプールまでは1時間に1本程度
バスが出ていて、私は14時半のバスに乗った。
約6時間、乾いた土地を走った。
今まで見たことがあるインドとは違う大地。
木々の葉は乾いて白んでいた。


他の州と何が違うって、道路がとてもいい。
きちんと整備されて、走行音にうるささを感じないし、
身体に堪えるあの縦揺れも全然なかった。素晴らしい。

ムンバイ〜アハメダバード(グジャラート州)

昨晩、ムンバイセントラル駅から<グジャラート・メール>という
急行に乗って約9時間北上、
朝6時50分頃グジャラート州アハメダバードに到着。


最近、寝台車の予約をするのをサボることを覚えたので、
今回も一般乗車券だけ買って、スリーパークラスの車内で
空席を見つけて寝台料金を追加払いしようと思ったら、
どうやら満席らしかった。


仕方ないので、セカンドクラスのスリーパーでない
普通車両の女性専用車両で席を確保。
長いベンチタイプの座席なら
眠くなったら横になったりできるけど、
私は1人なので車窓脇の1人掛けの席に座った。
私の周りはムスリムの家族連れらしい女性と子供たち。
座った姿勢でうつらうつらしていると、
ベンチタイプの座席の上部に設けられた、
頑丈な造りの荷物棚、でもよじ登ってそこで寝てもOK、
みたいな2ウェイタイプ的な棚にごろんと横になっていた
ムスリムの女性が「あなた、寝る?」と声を掛けてくれた。
え、でも悪いし、と思って躊躇していると、
下にいた女性も寝なさいなと促す。
上の女性に「あなたは寝なくていいのですか?」と聞くと
「私はいいの」みたいな感じだったので、
お言葉に甘えて私の席と代わってもらうことに。
明日の朝着いたら、荷物だけ預けてすぐに観光しようと思っていたので、
眠れるのと眠らずに観光するのとでは大違い。


夜の列車の中はなかなか涼やかで寒気を感じるほど。
ムンバイも朝晩はとっても涼やかで、
ワルダーの暑さを考えると、同じマハラシュトラでも
やっぱり内陸と海岸沿いでは全然違うのだと実感。
ムンバイではそれほど乾燥を感じなかったけど、
列車に乗ってしばらくすると乾燥してきたような感じがした。


夜中途中起きて、「寝ますか?」と席の交代を申し出たけど
あいかわらず彼女は「いいのよ」と言って座っていたので
ありがたく朝まで眠らせてもらった。感謝。


普段、ムスリムの大人の女性たちが自由闊達に
おしゃべりしたりしている姿を見かけることがなかったので、
彼女たちが外国人の私に親切に声を掛けてくれて
とても嬉しかったし、彼女たちの日常が
ほんの少し垣間見れたようで、とてもいい経験だった。

コーチン3日目

今日はまた昨日に引き続き、コーチン郊外にある
アーユルヴェーディックセンターを訪ねる予定で
その後、夜の列車でムンバイに発つため、
8時過ぎにホテルをチェックアウトし、
オートを拾って市の南に位置するエルナクラム・ジャンクション駅に行き、
クロークルームバックパックを預け、
乗りたい列車がジャンクション駅に停車しないため、
またオートに乗って市の北に位置するエルナクラム・タウン駅に移動。
9時45分発車の列車に乗ろうと思い、ギリギリに駅に到着したので
多少慌ててホームに向かった。
インドの駅では私が知る限り、ホームまでチケット無しでも
自由に出入りができるため、(でも入場券もちゃんと売っているから不思議。)
私は急いでいたので思わず切符を買わずにホームに向かった。
すると列車は大幅に遅れが出ていて10時20分発車に変更になっていた。
なので結局ホームでぼんやり1時間近く時間を潰して、
その間に切符を買ってないことをすっかり忘れてしまい、そのまま乗車。
タウン駅から目的地コッタヤム駅までは1時間半程度の道のり。
セカンドクラスの座席に座っていればよかったのだけども
うっかりスリーパークラスの空席を見つけてそこに座っていたら
運悪く車掌が改札に来て、かなりペナルティーを取られた。痛かった。


訪問先のアーユルヴェーディックセンターは、
ワルダーで開業しているドクターから聞いたところで、
住所、電話番号などを聞いていたのだけども、
ドクターが教えてくれた最寄り駅で下車して、
近くにあった郵便局でここに行きたいんですけど、と住所を見せると、
それなら、ここから60㎞も離れたところだと聞かされ驚いた。
全然最寄り駅ではなかった。
行く気が一気に失せたので、中長距離バス乗り場に行き、
エルナクラムに戻ることに。
その中長距離バスターミナルのキオスクで買って食べた、
ミルクを煮詰めて作ったペーラーというお菓子がとても美味しかった。


エルナクラム手前、という感じのところまで来て、
バスは市内まで入らないのか途中で降ろされたので
駅周りまで行くらしいバスに乗り換えた。
日本人の感覚としては、どの市バスも、
鉄道駅や大きなバスターミナルにはもちろん停車するはず、と
勝手に思っていたのだけども、
そのバスは裏通りのような小路地をぐんぐん走り、
感覚的に目的地の駅から遠ざかりつつあるような気がしたので
切符売りに尋ねたら、次の停留所で降ろされた。
よくわからないけど海岸近くの通りで、
コーチン名物(と思う)のスイカジュースなど飲み、
しばらく歩いてまたバス停があったので
駅に行くらしいバスに乗車。


しばらく走ると、明らかに市街地を出ようとしていたので、
切符売りに「駅までって切符買ったんだけど…。」と言ったら
なんか困った顔をしていた。
それを聞いていた近くに座っていたムスリムっぽい中年インド人男性が、
次のバス停で一緒に下車してくれ、適当なバスに一緒に乗ってくれ、
しかも切符まで買ってくれ、適当なバス停で一緒に降りて、
最後に駅まで距離があるからとオートを拾ってくれ、
じゃあ私はまた戻るから、と去って行った。
親切なおじさんに感謝です。


エルナクラム・ジャンクション駅までオートで辿り着き、
駅周りの賑やかなところを散策、
せっかくなので、近くにある先日行ったアーユルヴェーダの治療院で
1時間弱のオイルマッサージをお願いした。
紐パンツのみになって
文字通り頭のてっぺんから足裏まで全身マッサージ。500ルピー。
オイルが身体に染み込む感じ。
最後、自分でスクラブ入りのフワフワした泡立ったジェルのようなもので
オイルを軽く洗い流して終了。
私はどこも悪くないのか、それともマッサージがあまり巧くないのか
それとも1度やったくらいではやはり何にも変わらないのか
正直、特に変化を感じず…。
でも先日同じ人にマッサージをしてもらった日本人女性は、
更年期障害の症状にとても効果を感じるとおっしゃっていたので
人によりけりかな。


その後、<MALABAR CHIPS>というバナナチップスのお店で
ケーララ名物のバナナチップスを購入。
ケーララのバナナチップスは、ココナッツオイルでさっぱり揚げてあって
食べるとほのかにココナッツの香りがふわり。これがたまらなく食欲をそそる。
日本でメジャーな甘く味付けされたのと異なり、
ポテトチップス同様、塩味がスタンダードらしい。
でもあえて、パームシュガー(ヤシ由来のお砂糖)で甘く味付けされたのを購入。


駅前通りの食堂で、フィッシュカリーとパラータ(薄焼きパン)と
昨日のリベンジ、ビーフフライを注文。
ココナッツミルクが効いているマイルドなフィッシュカリーのお魚は
サバのような魚。庶民的な味わい。
リベンジのビーフフライもやはり値段が値段なので
やっぱり安食堂ではこれが限界なのか!という感じだった。


その後、エルナクラム・ジャンクション駅に行き、
クロークルームバックパックを受け取り、
次の目的地ムンバイ行きの列車<オカ・エクスプレス>19時50分発の
列車に乗車。
また一般乗車券でスリーパークラスの列車に乗り込み、
回ってきた改札の駅員に寝台券をお願いすると、駅員は快く請合ってくれた。


列車は逆三角したインドの西岸を北上し、25時間かけて
明日の夜、ムンバイに到着する。

コーチン2日目

昨日出会ったおっさんが、朝の時間帯に
アーユルヴェーダの治療院に連れて行ってくれた。
治療院で偶然、日本からいらしていた方に遭遇。
インドに詳しい方らしく、この治療院は現地の人の間で有名だそうで
それで治療にしばらく通うそう。


お昼の時間帯、市バスに乗ってコーチン市郊外にある
アーユルヴェーディックセンターに見学に。
人づてにアポを取っていたので、スムーズにドクターに会って
話を伺うことができた。


また市街地に戻り、しばし街の大通りを散策。
輸入食材などを扱うスーパーマーケットや、海外の書籍市をのぞく。
ガンディー関連の手工業製品を扱うお店に入ったけど
めぼしいものが見つからず。誰もヒンディーを話せない。
帰り、昨日とは別のレストランに入り、「フィッシュビリヤニ」と
念願の「ビーフフライ」を注文。
「フィッシュビリヤニ」は偽りの品だった。
ビーフフライ」は味は良かったけど、何しろ素材が硬かった。
昨日の「チキンフライ」は本物だった。