ティルヴァンナマライ 3日目

午前中、自転車に乗り、昨日見た巨大ゴープラムのある
南インド屈指の大寺院、アルナチャレシュワラ寺院。
私が昨夜見たゴープラムは南インドで2番目の高さらしい。
その門が高さ66メートルで、全部で9つのゴープラムが立っている。
遠くからでもその真っ白な先端がよく見える。
そして、一昨日の晩、ライトアップされたのを見たときには
気付かなかったのだけど、昨日明け方見たときに、
思わず声に出して言ってしまった、「白い。」
そのゴープラムは真っ白だった。
南インドの寺院に特徴的な、ドラヴィダ様式のゴープラムというのは
マドゥラスで見たのも、ポンディチェリーの町中で見かけたのも
概してカラフルに彩色されていて、それが当然だと思っていたのだけども
こうして、ただただ真っ白なゴープラムに向かうと
極彩色のものが、とても俗っぽく見えるのであった。

(写真は正門に向かって右にあたる側の門、正門はもっと大きい。)


門の外で靴を脱ぎ、中に入ると、やはり中も広々としていて、
塀に囲まれた敷地内に、またいくつかの建造物が建っていた。
門を入ってすぐのところで、カンファー(カンフル、樟脳)を買い求め、
最初のヒンドゥーの神様の像のところでカンファーを投じたところ、
そのカンファーの小粒が燃え盛る炎の外に転がり出た。
その、炎のすぐ傍のカンファーを一人の若者が指でつまんで
また火の中に投じてくれた。
若者は17、8歳くらい、坊主頭に白いシャツ、白い腰巻きという出で立ちで、
なんとなく修行僧っぽくもある。
参拝客の流れで自然に私の前を進む格好になり、彼が要所要所で
拝み方やら像の説明をしてくれた。
これは観光地でよくある、あとでガイド料を請求されるパターンかなと
思っていたら、1時間弱かけて一通り参拝が終わった後、
最後にやはり「ガイド料200ルピー。」と言う。
アルナチャラっ子らしく、広い寺院内をよく知っていたし、祭り時で
混雑していたにもかかわらず、おかげで要領よく周ることができ、
坊主のような格好をしているわりにはいかにも俗人っぽかったので、
あるいはニセモノ坊主かもしれないけど、
それなりによくやってくれたので、50ルピー払った。
彼はそれ以上何も言わなかった。


こういうとき、いつもゴアで暮らしている1人の日本人女性の言葉を思い出す、
私が例によって勝手に自らガイドを引き受けた現地人に対して
「この人にガイド料を払わなければいけないんでしょうか?」と聞くと
「払いたければ払えばいいし。」とおっしゃった。


ティルヴァンナマライは、1辺が約300メートルの塀で囲まれた
アルナチャレシュワラ寺院を中心に、周囲を取り囲むようにして
ぐるぐると町が形成されている門前町であって、
したがって、ベジタリアンの食堂が多い。
店先でパラータを焼く店があったので、めずらしくノンベジかと思って
店に入ったけど、パラータとともに出てきたのは
ベジの付け合せだった。初めてだ、ベジの店のパラータ。
町全体がやはりどうしても質素で、田舎なのもあるけど、
とうとう美味しいものにはありつけなかった。
途中で飲んだチャイも、運悪くかなり不味かった。


お昼過ぎて、レンタサイクルを返却し、最後にもう1度
ラマナ・アシュラムに行こうとしたら、アシュラムの前の大通りに
やたら群集ができ、みんな一様に下方向、アルナチャラを回る際の
進行方向と逆を見て、何か来るのを待ち受けている様子だった。
どうやら、さっきアルナチャレシュワラ寺院からこっちへ向かう際に
追い抜いた山車が、そろそろここを通過するらしい。
しばらく待つと、アルナチャラの土着神のような像が運ばれてきて、
熱心なヒンドゥー教徒たちは花輪やら椰子の実やら布などの
お供え物を捧げて、像は捧げ物の花輪をたくさん首から掛けられていた。
外国人は写真を撮り、インド人は敬虔そうに拝むんであった。
道路は2車線だけども、山車がそれなりに巨大な上、3、4台も
続いたため、大型バスが多いこの通りは、山車の前後は大変な渋滞だった。


ラマナ・アシュラムへもう一度行き、本を買い、
もう一度、日本人女性スタッフの方とお話することができた。
その後、オートを拾って部屋に戻り、荷物を取ってきてまた乗り、
次の目的地チェンナイ行きのバスが発着するバスターミナルへ。
チェンナイ行きのバスは多く、整理券Rs.5は簡単に取れ、バスにすぐに
乗ることができた。
チェンナイまで3、4時間の道のり。