アルナチャラ詣で(5)

午前3時になり、荷物を預けた店が開く時間になっても、
まだ我々のアルナチャラ詣では終わらず、相変わらずバイクで数10メートル
走っては降りて、寺院の表、あるいは中まで入ってカンファーを焚き、
御祈りをしてまたバイクにまたがる、というのを繰り返していた。
悪いけど、だんだん飽きてきた。
それでも途中で止める理由もなく。


また寄り道し、おっさんがレモンソーダを飲んだけど、
私はトイレに行きたくなるといけないから飲まなかった。
おっさんが途中で買い物したりするから、ハンドルの間のフックが
見る見るビニール袋でいっぱいになり、私が掛けてもらっていた
手荷物を外して、順序を変えて掛け直したりしていたら、
その手荷物の中に入っていた、私がポンディチェリーを発つ前に
買ったパンの袋を見て、レモンソーダ屋のおばちゃんが
それちょうだいよ、と言う。
でも食べかけだよ?と言うと、それでもいいというので
彼女にあげた。
食べかけのパンをもらう彼女を見て初めて、
彼女がどんなに貧しいのか知った。


明け方になり、おっさん一押しのスポットで朝日を見ることに。
町から少し離れ、畑や水田などが広がるのどかな所へ走ると
一枚岩でできた素敵なテーブルと、やはり岩でできたいすのあるところが
あった。
すぐ眼前に聳え立つのは、聖山アルナチャラ。
アルナチャラは見た感じ岩山で、木々が生えている様子がない。
赤い土肌。
日の出前だけど、もうすでに辺りは明るみが増しつつある。
おっさんが今にミラクルが起こるんだ、と言う。
アルナチャラの三角の山の裾野から、山の斜面を伝わるようにして
朝日が昇るのだと言う。
今か今かと待っていると、近くのゲストハウスに滞在しているらしい
見るからに上流っぽいインド人が話し掛けてきて、
おっさんの喫煙を注意した。
私ははっとして、ここはアシュラム(修道場)の土地かと聞くと、
おっさんはこともなげにそうだと答えた。
アシュラムでは薬物、アルコール、喫煙が禁止されているのは
どこのアシュラムでも大原則である。
アシュラム、というと、例の新興宗教団体のせいで
かなり印象が悪いはずだからあまり使いたくないのだけど、
これはヒンディー語で修行僧などが俗世界から離れて修行する場、
みたいな意味。
よくTVでガンジス川沿いのサドゥー(修行僧)が映されてるけど、
彼らの多くもどこかしらのアシュラムか、聖山の洞窟などで
各自修行を積んでいるはず。
もちろんこの時期のアルナチャラにも、一度にこんなにサドゥー見たの
初めてかも!と軽くテンション上がってしまうくらい、多くのサドゥーが
アルナチャラ詣でに足を運んでいた。
アルナチャラに来るのは、おでこに横3本白い線を引くシヴァ派。
ちなみに縦3本はヴィシュヌ派、だったと思う。


タバコを揉み消したおっさんと、日の出を待ちながら、
道中買ったサトウキビを、おっさんの手引きでかじる練習をしたり、
インドの枝豆みたいなのを朝日の方向から目をそらすことなしに食べる、
というおっさんのミッションを遂行するのに専念していたら、
ここの土地を所有するアシュラムの内部の人みたいな若者がやって来た。
どうやら、先程喫煙を注意した人が告げ口したらしい。
そのアシュラムの男性は、私がインドで初めて見る、
いわば男のヒステリーだった。
おっさんがアシュラムの土地に無断侵入したことと
私たちが足元に散らかしたサトウキビと枝豆のゴミを見て
猛烈に怒っていた。
インドではポイ捨てが基本行為に等しいので、
習慣にすっかり馴染んだ私はもはや何とも感じなかったけど
改めて足元を見ると、確かに汚かった。
おっさんが私のことを説明したにも関わらず、その関係者は
私のほうを見て「あなたどこから来たんですか?」と聞くので
素直に「日本です。」と答えたら、
「日本?!ならばなんですか、これは!!」と言って
再三ゴミを散らかした不徳を責めるんであった。
おっさんはおっさんで、警察なのに無断侵入したことを責められてるし。


徹夜したのと、ヒステリックな男のせいで、半ば白けた気持ちで
アルナチャラの岩肌を伝って昇る朝日を見、
その後、おっさんはなおもアシュラムの事務所に行って
その場を友好的に収めようと努めたけど
おっさんは結局、その場所の出入り禁止を言い渡された。