ポンディチェリー到着

ヴィルプラムには鉄道の連絡(接続)駅があって、
その駅前通りを通過して、約1時間の後、やっと
ポンディチェリーに着いた。20時前。
マドゥライからポンディチェリー、バスで約8時間。


ポンディチェリーはインドが独立するまで約250年間
フランス領だった港町で、きれいな町並みが有名なんだけど
手元のガイドブックにはなぜかポンディチェリーのページは
なかった。
事前の情報収集が甘かったせいで、バスターミナル周りは
もちろん、市内の地理がまるでわからない。
ここのバスターミナルは大きくて、そばにきれいめな
さまざまな飲食店やら土産物売り場などがあり
ターミナルを取り囲むようにしてビジネスホテルのようなのも
並んでいる。
そのホテルを見て、町の中心地はここから離れているのだと
思い、オートリキシャを拾ってポンディチェリー駅に
連れてってもらった。30ルピー。

町の中心かなと思って行った鉄道駅は、かなり辺鄙な場所にあった。
駅はこぎれいながらしんと静まり返り、
列車の本数が少ないらしく、構内アナウンスもなく
構内のベンチで1人、男が寝に入っていた。
当初の考えでは、もう遅いから宿を探すのは明日にして
今日は駅のリタイアリングルーム(駅内に設けられた
旅行者のための簡易宿泊施設)を利用しようと
思っていたのだけども、聞いたら、ないと言われた。
たしかに、ジャンクション(接続駅)でもない駅に
そんなものないかも。


仕方なく、またオートを拾った。
今度は“マーケットの傍にある安宿”に連れて行くよう
お願いした。また30ルピー。


やっと町らしきところに入ったものの、ポンディチェリーは
夜が早いのか、インドではめずらしい碁盤の目のように作られた
町の通りはがらんとして、ぽつぽつとレストランや
小さな雑貨屋が営業していた。
オートでめぼしい宿を回ってもらい、3つめのロッジに決めた。


シングルルームはないと言われたけど、ツインの部屋を
シングルの値段で借りた。150ルピー。
『AMALA LODGE』(NO.92, Rangapillai Street,
Pondicherry)は、今までに宿泊したどの安宿より素敵だった。
清潔さはもちろん、内部が吹き抜けになっていて明るく、
至るところに緑がすがすがしいきれいな植木が置かれていて、
さながらガーデンの中に暮らすようだった。
夜到着したとき、2階の通路脇で、初対面らしい白人男女が
植木鉢の間に置かれた小さなテーブルに向かい合って座って
旅の話をしていた。


部屋に荷物を置いて、財布だけ持ち外出。
寂しめの通りを行ったり来たりして
パラータを焼いている小さな食堂を見つけて食事。
外のテーブルは満席だったので中に入ると
中も狭い店内はほぼ満席。
スタッフが椅子を出してくれたので、それに座り
相席させてもらった。
向かいの男性客と入れ替わりに、すぐに労働者風の
女性客2人連れが座った。
私が食べていると、テーブルに置いてある
セルフサービスのディップのような付け合せや汁物を
勧めてくれたりして、気を使ってくれた。
満腹になって部屋に戻り就寝。